- Blog記事一覧 -精密な手の動きを可能にする脳神経と損傷後の機能回復について
皆さん、こんにちは。
今日は、精密な手の動きを可能にする脳神経について、興味深い文献がありましたので、お話したいと思います。
前回のブログでヒトの母指は他の霊長類に比べて長く、短母指伸筋・母指屈筋があることで指尖での精密なつまみ動作ができる手の構造になっているというお話をしました。
では、手の構造さえ精密把握に適したものであれば,それで精密把握が可能になるのでしょうか。
答えは「NO」です。
松沢ら(2007)は「精密把握を行うのに必要な感覚情報処理と運動制御を担う神経系が必要となる。運動制御を担う神経系に関しては,精密把握が可能な手を持つ霊長類には存在し,それ以外の霊長類やその他の哺乳類には存在しない神経路が知られている。それが皮質脊髄路の一部をなす,大脳皮質の錐体路ニューロンから脊髄前角の運動ニューロンへの直接結合(CM結合corticomotoneuronal connection)である。」と述べています。
ヒト、類人猿、マカクザル・ヒヒなどの旧世界ザル、フキオマキザルだけがこのCM結合を持っており、精密把握が可能です。
リスザルは手の構造としては母指と他指の偽対向性がありますが、神経系のCM結合がないため精密把握ができません。
つまり、精密把持を行うには手の構造も重要であるが、それ以上にCM結合が重要であると言えるのです。
■脳の損傷
1968LawrenceDG、KuypersHGは実験から「CM結合を含む皮質脊髄路が損傷を受けると精密把握できなくなり、それが一生回復しない」という結果を出しました。
しかし、伊佐らの研究グループによって、1つの修正が加えられました。純粋に皮質脊髄路だけの損傷の場合、一旦精密把握はできなくなるが、訓練によって精密把握が回復してくると述べています。
■脳損傷後の可塑性
脳卒中からの回復のために脳内で神経が再結合・再形成・再構築される必要があります。これを「脳の可塑性」と呼びます。
では、どうすれば脳の可塑を促すことができるのか?
そのお話の前に脳卒中を起こした脳はどのような状態なのかを説明したいと思います。
脳卒中を起こしてすぐの急性期では脳内に2つの領域が現れます。
1、コア(虚血中心部)領域
梗塞や出血が起こった場所です。この領域の脳神経細胞は残念ながら死滅します。
2,ペナンプラ(半影部)領域
脳の損傷後、損傷部分の周りが「腫れた」状態になります。腕や足を怪我すると傷口の周りが腫れますが、同じことが脳にも起こります。
血液の供給が低下しており神経が働く上で効率が悪い環境になります。
この領域は神経は生きていますが「気絶した」状態になります。この領域が今後、役立つようになるかはリハビリに影響を受けます。
ペナンブラ領域の「気絶」状態から「覚醒」状態に切り替わっていく時期が「亜急性期」「回復期」で、一番「回復」が実感できます。
脳は「使えば成長するし、使わなければ退化」します。ペナンブラ領域の神経を再度働くように促さないと、機能が停止してしまいます。脳卒中後、麻痺側を使用しない「学習性不使用」が起こるとペナンブラ領域が働く機会が失われてしまいます。
上の脳の写真を見て下さい。脳の模型の隣に白い枝分かれした模型が映っていますが、これは神経の「樹状突起」という部分です。
働いていない神経はこの「樹状突起」自体も失われ、他の神経とも接合しなくなります。
以前のブログで「麻痺側肢は使わなければ良くならない」と述べましたが、脳の可塑性の為に麻痺側肢を使う事で神経を働かせて、神経間の接合を促していく必要があるわけです。
■慢性期に回復は起こるか
従来「亜急性期」を過ぎた「慢性期」(発症後3カ月~1年以降)は回復が難しく、能力が横ばいになる「プラトー」になると考えられていました。しかし、ここ10年の研究でプラトーを乗り越える方もいるということが証明されています。
PeterG.Levine (2014)は「「学習性不使用」によって「怠惰」になってしまった神経を働かせることで、神経間の結合を構築することができれば、慢性期以降であっても回復することは「可能」である」と述べています
実際の臨床でも発症から数年経っても「感覚がわかるようになってきた!」「指が動いた!」「足首が動いた!」とおっしゃる方に何度もお会いしました。
慢性期以降でも、是非みなさまとチャレンジを続けられたらと思います。
長くなりましたが、ここまでにしたいと思います。
私が若い時に指導して頂いた先生の言葉で、とても印象に残っている言葉があります。
「患者様にプラトーはありません。あるとすればそれはセラピストのプラトーです」
当時、私は自分の技能に行き詰っている時期でとても悩んでいたのですが、この先生のお言葉と臨床指導のお陰でいろいろなことにチャレンジすることができました。
今でも私のリハビリセラピストとしての根幹の言葉になっています。
多くの方が病気を抱えながら必死に戦っておられます。そんな方々のお力になれるように、この言葉を忘れずに今後も向かい合っていければと思っています。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
加藤でした!
【参考文献・図書】
1)本間敏彦・坂井建夫 .霊長類の親指を動かす筋についてーヒトの手の特徴を考えるー.霊長類研究Primate Res.8:25-31,1992
2)PeterG.Levine .翻訳 金子唯史.エビデンスに基づく脳卒中後の上肢と手のリハビリテーション.株式会社ガイアブックス.2014
3)松沢 哲郎ら.霊長類進化の科学.2007
4)Anne shumway-cook Marjorie H.Woollacott 監訳 田中繁 蜂須賀研二:モーターコントロール 研究室から臨床実践へ 原著第5版. 医歯薬出版株式会社. 2020