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2023 7月の記事一覧
前回は脳卒中運動学習について①ということで、小脳による誤差学習と中脳ドーパミンによる強化学習についてお話しました。
今回は運動学習について、3つの段階の段階があること、それぞれの段階で重要なこと、我々セラピストが臨床でどのような工夫をおこなっているかについてお話したいと思います。
【運動学習の3つの段階】
運動が自動化、つまり無意識的に運動が行えるまでに3つの段階があり、学習の段階によって脳の活動する場所が変化していきます。
①の認知段階は、「試行錯誤」を行っている段階で小脳の誤差学習が強く、感覚への気づきがとても重要です。
この段階の重大な条件は正しい運動指令と運動に関連する感覚の正しい関係の成立となります。
その為、我々セラピストは、利用者様の運動時、あるいは運動前に適切な感覚が入力されるように、筋肉の位置や硬さ・長さを準備し、運動時の関節の運動方向、姿勢コントロール、座面や床と利用者様の重心位置など、様々なことに徒手的に介入し、適切な感覚情報が入力されるように促しています。
写真1 適切な運動のタイミングで筋が活動するように、利用者様の弱い筋肉をセラピストが把持し、筋肉へ固有感覚を入力している
正しい運動の際に学習者は正しい感覚情報に注意を向けることが大切なのですが、転倒に対する恐怖心や非麻痺側での代償的な過活動、痛みによる防御反応などがあると、運動中に感覚情報に注意を向けることが難しくなります。(そもそもこれらのことがあると正しい運動も難しいですが・・・)
その為
◆目標とする課題の難易度を調節
◆転倒の恐怖心をなくすために利用者様の近くにテーブルや手すりを用意するなどの環境設定
(※利用者様によっては近くに掴まるところがあると非麻痺側の過剰な活動が強まる方もいらっしゃるので、その場合はあえて台などを近くにおかないなど、利用者様の特性を評価した上で環境設定を行っています)
◆セラピストによる軽度の接触で恐怖心を軽減するなど、
感覚情報に注意が向くように工夫しています。
そして利用者様は学習課題を理解・意識し、正しい運動を選択して実行する必要があります。
その際に適切なフィードバックが与えられれば、その中の必要な情報は繰り返されることで学習されていきます。②連合段階にあたります。
最終的な目標は運動の自動化ですので、運動の習熟に従って徐々にセラピストの介入量を減らし、利用者様が自分一人で運動ができるように段階付けを行っています。
③自動段階で重要なことは、運動に「過度な注意を必要としないこと」です。
セラピストの声掛けによって、運動中に過度な注意を求めると本末転倒になってしまいます。
声掛けで意識を促すのか感覚情報で無意識的な姿勢・運動コントロールを促すのか、運動学習の習熟度や課題の内容によって見極める必要があります。
【まとめ】
・運動学習には①認知段階②連合段階③自動段階の3つの段階がある
・学習の初期段階は正しい運動の指令と適切な感覚情報の入力が重要で、適切な感覚情報が繰り返されることで運動学習が進む
・学習者は感覚情報に注意を向ける必要がある
・学習者は正しい運動を選択するために課題を理解・意識する必要がある
・「過度な注意を要求」しないで運動が行える神経の基礎を作ることがセラピストの目標である。
長くなってしまいましたので、ここで一区切りにしたいと思います。
次回は、運動学習の定着についてお話できればと思います。
加藤でした。
【参考文献】
1)久保田 競:学習と脳-器用さを獲得する脳-. サイエンス社. 2007
2)Anne shumway-cook Marjorie H.Woollacott 監訳 田中繁 蜂須賀研二:モーターコントロール 研究室から臨床実践へ 原著第5版. 医歯薬出版株式会社. 2020
3)森岡周:リハビリテーションのための脳・神経科学入門. 共同医書出版社. 2010
今日は脳卒中の方々の運動学習についてリハビリ場面での話も加えながらお話ししたいと思います。
かなり長くなりそうですので、何回かシリーズに分けてお話できればと思います。
そもそも運動学習とは何でしょうか?
「運動学習とは望まれるまたは強化すべき運動を生み出すために、練習を通じて運動の正確性と効率性を変化させることである」
LlinasR,Welsh JP:On the cerebllum and motor learning. Curent Opinion in Neurobiology, 3 :958-965, 1993
運動学習は脳卒中後にも起こり、治療に関係なく日常生活の中で代償的行動の方法として起こります。
例えば、非麻痺側での代償活動、麻痺側上肢・手の不使用が代表的な例になるかと思います。適切に麻痺側が使用されないと回復の妨げになる可能性があります。逆に、適切な麻痺側の使用を学習していけば、回復の助けとなります。このように運動学習は身体機能の回復に対して肯定的にも否定的にもなります。
【運動学習のメカニズム】
運動学習は脳の中でどのように行われるのでしょうか?
①小脳による誤差学習
運動を行う際には、一次運動野、運動前野や補足運動野など大脳皮質の様々な場所から運動指令が出ます。
小脳はその運動指令から、現在の状態・感覚情報がどのようになるかを予測します(順モデルと言います)。
そして、運動中の実際の状態・感覚情報から運動指令の過程を生成し、一次運動野、運動前野や補足運動野などの大脳皮質へ投射します(逆モデル)
図①小脳・大脳皮質間の投射
このように、予測された身体の状態・感覚情報と実際の運動中の身体状態・感覚情報が比較照合されることで誤差を検出し、修正することで運動学習が行われます。
そのために固有感覚、視覚、前庭覚などのフィードバック情報はとても大切になります。
運動時、あるいは運動前に適切な感覚が入力されるように、我々セラピストは利用者様の筋肉の位置や硬さ・長さ、関節の運動方向、姿勢コントロール、座面や床と利用者様の重心位置など、様々なことに徒手的に介入しています。
運動学習に重要な固有覚は関節や筋肉からの感覚になりますので、筋肉の状態の改善はとても大切です。
薄くなって硬くなった筋肉をセラピストの手の中に集めて、筋肉が働きやすくなるように介助したり、セラピストの手で筋肉の収縮を促す中で筋肉の硬さを取りつつ、少しずつ長さを出しています。マッサージと勘違いされることもありますが決してマッサージではありません。
このように身体の状況を整えながら、目標としている課題の動作を練習していきます。さきほども述べましたが、運動学習は、脳内の運動プログラムと実際の運動時の感覚情報の誤差による学習なので、学習者の能動的な参加・練習の機会が必要です。
他動運動だけでは運動遂行能力は改善しない(Lotze et al.,2003)
②中脳ドーパミン作動系の強化学習
強化学習とは、「報酬」に対して行動戦略を学習していくことを言います。
図②中脳の位置
中脳は図②のオレンジの部分です。
中脳の一部に黒質と呼ばれる神経核があり、黒質線条体路に沿って線条体に投射し、神経伝達物質であるドーパミンを分泌します。
図③脳の水平断面図 被殻と尾状核を合わせて線条体という(緑に着色)
ドーパミンニューロンは、期待する行動や運動がうまくできた場合や、予期せぬうれしいことが生じた場合に発射頻度が増加します。
ドーパミンが分泌されると脳の各運動領域は・・・
運動野:運動が速く強くできる
運動前野:器用に動かせる
前頭前野:ワーキングメモリー、注意、思考、推理、計画性・・が向上する
側坐核:やる気の向上
いいことばかりですね!昔から「好きこそものの上手なれ」なんていいますが、このドーパミンの作用が大きいです。
強化学習は報酬による学習です。
ここでポイントになるのは、学習者が「予測していた報酬より大きいかどうか」になります。
報酬のそのものの大きさではありません。
強化学習を実際のリハビリ場面で活かすにはどうしたらよいでしょうか?
道免⁵⁾は「患者自身が何をどのように達成すべきか(課題のゴールや報酬の大きさ)を認識し、動作を行う前に、次はこれぐらい達成できるだろうと予測している状態で、動作遂行後に予測よりもうまくできたときにその動作が強化されると考えられる」と述べています。
これらを達成する為、利用者様自身が認識・理解できるゴール・課題設定が重要になります。
我々セラピストは、課題の種類や難易度、動作の説明や指示・声掛けの内容など様々な工夫を行い、利用者様に課題を認識・理解していただけるように心がけています。
また、ゴール・達成すべき課題がイメージしやすいように実生活で患者様・利用者様にとって意味のある課題を練習する、
「課題志向型訓練」も大切にしています。
課題設定と予測以上に「できた!」という利用者様の実感、「こうなりたい、こうしたい」という具体的な目標を大切にすることが、強化学習の観点からも大切であることがよくわかります。
今日は運動学習のメカニズムについてお話しました。
かなり長くなりましたので、今回はここまでにしたいと思います。
次回は運動学習の3つの段階についてお話できればと思います。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
加藤でした
【参考文献】
1)久保田 競:学習と脳-器用さを獲得する脳-. サイエンス社. 2007
2)Anne shumway-cook Marjorie H.Woollacott 監訳 田中繁 蜂須賀研二:モーターコントロール 研究室から臨床実践へ 原著第5版. 医歯薬出版株式会社. 2020
3)森岡周:リハビリテーションのための脳・神経科学入門. 共同医書出版社. 2010
4)訳 越智淳三:解剖学アトラス 第三版. 株式会社文光堂. 2002
5)道免和久:運動学習から考察するリハビリテーション臨床. Jpn J Rehabil Med Vol.56 No.5 2019. P391-397